【 よく読まれている記事 】

ベートーベンの性格は?生い立ちや結婚、趣味などエピソードから どんな人なのか見てみよう

ベートーベン像ライフスタイル

ベートーベン(ベートーヴェン)は誰もが知るドイツの著名な作曲家です。

本名のフルネームは「ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」、英語表記では「Ludwig van Beethoven」です。

日本では年末になるとベートーベン作曲の「第九(交響曲第9番)」が歌われることが多いですね。

変わり者で癇癪持ちとも言われるベートーベンは実際にどんな性格だったのか人物像を調べてみると色々なことが分かりました。

スポンサーリンク

ベートーベンの生い立ち

旧ボン市庁舎

ベートーベンの誕生日は1770年の12月16日頃と言われています。

生まれた国は当時の神聖ローマ帝国で出身はケルン大司教領のボン、今はドイツの都市になってます。

子どものころから色黒で肩幅は広く頭が大きくて首が短く猪首、そして団子鼻だったようです。

そのせいなのか愛称(あだ名?)は「スペイン人」だったと言われています。

彼が育った当時のボンにはオーケストラもあって音楽的な環境には恵まれていました。

しかし彼の才能に気づいた父親によるスパルタ教育のおかげで、一時は音楽に対して強い嫌悪感を抱いていたようです。

その後、16歳で音楽の都ウィーンに旅したり、1790年と1792年にボンを立ち寄ったハイドンに師事することで音楽の道を歩むようになっていきます。

スポンサーリンク

結婚してた?

結婚式

よく知られているようにベートーベンは結婚しておらず、生涯独身でした。

しかし身長165cm前後で当時のヨーロッパ人としては中背ながら、20~30代でピアニストとして絶頂のころは大変なプレイボーイで多くの女性との交際経験があったようです。

死後に発見された「不滅の恋人」へのラブレターの「不滅の恋人」もヨゼフィーネ・ブルンスヴィック、アントニー・ブレンターノなど何人か候補がいます。

とくにヨゼフィーネ・ブルンスヴィックさんが1813年に産んだ娘ミノナはベートーベンの隠し子という説も。

今となっては知るよしもありませんが、ベートーベン本人は結婚したかったのかも知れませんね。

スポンサーリンク

ベートーベンの趣味

ベートーベンの小径

ここでは2つ挙げておきます。

散歩

有名なのは「散歩」ですね。

作曲の後の休憩時間にはいつも散歩を楽しんだようで、散歩しながら曲の着想を得ている部分もあったようです。

そのため散歩するときには常に五線譜と鉛筆をポケットに入れていてアイデアが浮かんだら直ぐにメモっていました。

小川沿いのベート-ベンお気に入りの散歩コースは今も「ベートーベンの小径(Beethovengang)」と呼ばれています。

入浴

誰でも入浴はすると思いますがベートーベンの場合は潔癖症とも言えるほど頻繁に入浴していたようです。

そして手も執拗に洗っていました。

片付けが苦手で部屋の中は乱雑だったようですが身体についてはキレイ好きだったんですね。

スポンサーリンク

気になるエピソード

コーヒーとコーヒー豆

変わり者だったと言われるベートーベンにはエピソードも多いです。

コーヒー好き

ベートーベンはコーヒーが大好きで毎日毎日飲んでました。

面白いのは飲む際には必ず自分でコーヒー豆を60粒数えて淹れていたとうこと。

ぴったり60粒でないと美味しくないのでしょうか。

そこまでこだわる理由が不明ですね。

引っ越しが多い

とにかく引越しが多かったことが知られています。

生涯で60回以上、一説には79回も引っ越したと言われています。

片付けが苦手で部屋が汚れてしまって引っ越すことも多かったようですが、次のような事情もあったようです。

  • 部屋の壁を壊して勝手に窓を取り付けて大家に追い出された
  • 夜中にピアノを弾いて近所から苦情が来た
  • 作曲中の曲が盗作されることを恐れた

それにしても79回という回数。

同じく引越しが多かった日本の葛飾北斎の93回に迫る回数ですね。

家政婦が次々に辞めていく

ベートーベンはひどい癇癪をよく起こしていて気難しい性格だったようです。

物を投げる、壊す、人に噛みつく、生卵をぶつけるなどの逸話がたくさん残っています。

そのためか雇った家政婦が次々に辞めていったそうです。

お墓の形がメトロノーム

ベートーベンの墓

ベートーベンは音楽史上初めてメトロノームを積極的に取り入れた作曲家として有名です。

その功績もあって最初に埋葬されたヴェーリング墓地でも、その後に移されたウィーン中央墓地でも、お墓はメトロノームの形になっています。

スポンサーリンク

結局のところベートーベンってどんな人だったのか

第九の楽譜

ベートーベンは20代のころから耳が聞こえづらくなる難聴が悪化し、やがてピアノ演奏を引退して作曲家になっていきます。

晩年は肺炎、黄疸などの病気に見舞われました。

没年は1827年で直接の死因は肝硬変で、3月26日に56歳(享年58)で亡くなりました。

気難しい、変わり者、癇癪持ちなどなど様々に表現されるベートーベンですが、結局のところベートーベンってどんな人だったのでしょうか。

人並外れた才能の持ち主だっただけに凡人の物差しでは測ることができない人物だったことは確かですね。

なお私自身は「サントリーの1万人の第九」へ参加したことがあり、そのときの状況を別記事に書きましたので興味があればお読みください。

⇒ 1万人の第九の服装,参加費,歌唱力レベルなど初めて参加する人は読んでください

 

タイトルとURLをコピーしました